風月堂のストーリー

先代から受け継いだ想いと、全国のお客様からいただいた温かい真心。
上下町で歩んできた風月堂の物語をご紹介します。


創業のはじまり

昭和40年、上下町生まれの父が「生まれ育ったこの土地で店を開きたい」という強い思いから、風月堂を創業しました。
三次市三良坂の和菓子屋さんで修業を積んだ父は、腕を磨いたのちに故郷・上下へ戻り、暖簾を掲げました。
当時、町内には和菓子屋が数軒ありましたが、時代とともにその多くが姿を消し、今では風月堂だけが上下町で和菓子・洋菓子を作り続けています。

昭和63年、町で起きた「つちのこブーム」をきっかけに誕生した「つちのこ饅頭」は、以来、地元に愛される名物として親しまれてきました。
先代の仕事を手伝っていた頃の楽しい記憶と、この土地への強い想いから、私はこの店を守り抜く覚悟を決めました。


「風月堂」という屋号

明治以降、「風月堂」という屋号は、日本の高級和菓子・洋菓子の最先端を歩む憧れの存在でした。
厳しい修業時代に触れた菓子づくりの伝統と格式、そして上下町の美しい風土にちなんで、この誇り高い屋号を選んだと聞いています。


変わらぬ品質へのこだわり

先代の精神を受け継ぎ、風月堂では今も、ブレのない高い品質を守り続けています。わずかな火加減の違いが舌ざわりに直結するため、製造中は作業から一切離れず、全神経を集中させます。

かつては地元の小豆や、自分たちで摘みに行ったよもぎ、柏の葉なども使い、菓子づくりをしていました。今では、看板商品「つちのこ饅頭」に合う小麦粉を吟味を重ねて選び抜き、その味を基準に他の菓子づくりにも活かしています。
生地は一晩休ませ、バターは凍った状態で加えるなど、温度や湿度の管理にも細心の注意を払っています。使う機械の多くは先代の時代から受け継いだもので、大切に使い続けています。


一番つらかった時代、支えてくれた手紙

先代が遺した風月堂の味を受け継ぎ、今日を迎えるまでの道のりは、決して平坦ではありませんでした。
ある出来事をきっかけに経営が大きく傾き、店を離れざるを得ない時期もありました。

そんな中、店の存続が難しいという話が広がったのか、全国のお客様から何通もの手紙やはがきが届くようになりました。


「美味しかったです。これからもこのお菓子を守り続けて、頑張ってください」
そう綴られた一言一言が、当時の私にとって何よりの支えになりました。

お客様の声を直接聞く機会がほとんどなかった分、その言葉は今も忘れられません。
地域の方やラジオを通じて届いた「もう一度、風月堂の味を食べたい」という声にも、大きく背中を押されました。
両親が力を合わせて少しずつ店を立て直していった時期を、私は間近で見てきました。
あの時いただいた温かい真心があったからこそ、今の風月堂があります。


これからの風月堂

伝統の和菓子を守りながら、若い世代や新しくお店を知ってくださる方にも気軽に楽しんでいただけるよう、新しい商品開発にも力を入れています。
フィナンシェやアップルパイ、コロネ、フロランタンなど、つちのこ饅頭と同じ生地を使った菓子も少しずつ増やしています。

そしていつか、「つちのこのテーマパーク」を作ることが私の夢です。
菓子づくりの様子を見られる場所や、お土産・雑貨が並ぶ売店、家族で楽しめるスペースなどを備えた、上下町らしい賑わいの場を思い描いています。
お菓子を通じて、この上下町の魅力を全国に届けていきたいと思っています。



上下町 since 1965

私が作るお菓子には、全国のお客様からいただいた何通もの温かいお手紙が、今も原動力として息づいています。
お客様の真心に守られて、今日の風月堂があります。
守っていただいた伝統の味を次の世代へつなぎ、大好きな上下町の魅力を全国へお届けしていくこと。
それが私たちの使命であり、何よりの恩返しです。
ひとつひとつ、心を込めて手仕事で焼き上げる自慢のお菓子を、どうぞお楽しみください。